全て連続している
よくある調光機能のついたスイッチ。つまみを動かして明るさを調整しますが、ここの部分を「スライダー」と呼んだりします。
スライダーは「オン」「オフ」ではなく連続的につながっている。通常のスイッチのいわゆるオンとオフは、このスライダーにとっては単なる明るさの「程度」の違いで、直線上のどこかにあるだけ。
カナダは多様性に寛容ですが、ここでの生活を通して、世の中も全てスライダーのように連続してるんだなぁと考えるようになりました。つまり区別や差別している事の殆どに決定的な違いはなく、あるのは単なる程度の違いだけ。
障害者と健常者は「程度の違い」だけで、電気のスライダーのように連続的につながっている人間同士。要は背が高い・低いと同じで、それを人間の都合で「区別」をしているだけ。
カナダの小学校は知的障害の子も特別学級とかではなく、普通のクラスにはいるそうです。(アシスタントティーチャーが任命されてサポートするとか)また大学・カレッジでも、ろうあの方はノートテイカーがついて授業の内容をノートに書いてくれます。必要な人には社会がサポートを提供しながら、みんな同じように教育を受ける事が出来る。周囲も、障害者の方が周りに居るのが普通、という環境で育つ。
違いは確かにある。ただそれは「異質」なものではなく、緩やかに「連続」してつながっているのだ。
人は自分の見たい物しか見えない。
人は、自分の見たい物しか見えない。
聞きたい事しか聞こえない。
映画のシックスセンスで初めて気づきました。(あれは「人」じゃなかったですが)
ほっておくと、自分を傷つけず、自分を正当化するための情報しか入ってこない。
この分厚い主観フィルターは本能だ。理性を使わないと乗り越えられない。
傷つく事を恐れない強さを持ち、
異質なことを受け入れる勇気を持ち、
本心でない事もやる余裕を持ち、
変化を受け入れる好奇心を持ち、
行動を起こす素直さを持つ。
こうすると、見えなかった道が見えてくる。
人生は凄まじく変わってゆく。
何もしない事が罪
簡単な事が一番むずかしい
人は、難しい事をするのは得意だが、シンプルな事をするのが苦手。
地味だが、大事でシンプルな事を、ただ実直に進める・・。ただそれだけ。
これをなかなか出来ないのが人間なんですよね。
小手先で考えてばかりだったり、
無駄に複雑に考えたり、
ショートカットやスキップしたり、
人を操ろうとしたり、
すぐに成果を求めようとしたり、
得して楽しようと思うから結局結果が出ない。
大事な事は、やってもすぐ結果は出ないし、地味で時間かかるから避けてしまうんですよね。
これはビジネスに限らず、人生も同じ。人間の真理そのものだと思います。
シンプルな事ほど取り組むのが難しいなんて、
人間は変な生き物ですよね。
冷静と情熱
生きてれば周りから色んなネガティブな影響を受ける事もあるでしょう。
感情的になったり、傷つきそうになる事もあるでしょう。
でも動揺せず、「冷静」に判断すること。
ハートの奥からこみ上げる欲求や願望、熱い気持ち。
馬鹿だなーと思われたり狂ったように何かに取り組むこともあるでしょう。
そんな「情熱」を隠さず行動にうつすこと。
冷静と情熱は、人生のメリハリのようなもの。振り子のように行ったり来たりする。
どっちかだけでは偏りすぎだし、「間」にいるだけでも人生にハリがない。
時には冷静に、時にはクレイジーに。
そんな人生が楽しいですよね。